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by susumuja

五月平高原下り(賀詞交換会つづき)

「五月平高原」などという名前は登るときの案内図を見るまで全く知らなかった。物心ついた頃から山には大文字がありそれが当たり前であったし、秦野小学校の高学年になってからキャンプ場に登った道はさらに東寄りで、その案内板にはなかった。
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(大文字の場所から大阪平野を望む)



この場所には少し寄り道になるので登る時は先を急いで立ち寄らなかったが、下りは急ぐ理由もない。明るい間に実家にたどり着けばよいので気楽である。樹木の間からのぞく景色と違って、ここからは遮るものがないので気持ちが良い。それと地上から見て「大」文字が見えやすいように地面はかなりの急傾斜である。すぐ下には通っていた中学の校舎や運動場が見える。
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しばらく景色を堪能して、池田市立山の家の前を通って五月丘の団地に入り、先ほどの中学校の通学路に回り道してみた。
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そのすぐ南側の丘の上には元の渋谷高校があったが、この辺りから下のほうは随分と建てこんでしまっている。
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この両側の家は1963年頃にはまったくなかったものだ。翻って南の方を見ても同じだが、右手の池と神社、それに正面の大きな木は当時からあったものと思われる。
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45年前のこの木はこれほど大きくはなかっただろうけれど、見事な枝振りである。
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木の下まで来たら、南東方向に少し景色が開けて、その先に見覚えのある漆喰の建物が見えた。
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友人の家が丘の上にあって、その土蔵の傍らの道を上った覚えがある。歩いて上るのが精一杯で、自転車で登れるような坂ではなかった。そんな事を思い出しながら歩いていくと、中学時代の先輩の家の裏手で偶然にも本人に出くわした。
しばし立ち話をし、さらに通学道を進んで試験所(いまの産総研池田事業所をそう呼んでいた)の中を通って国道176号にたどり着いた。当時、試験所の北側の入り口辺りは全く人家がなく、文化祭の準備で真っ暗の中を帰る時に不気味な、おそらく烏の鳴き声に震え上がって走って逃げた覚えがある。ただ一歩試験所ないに入ると官舎もあって、同級生が何人かいた。いまは全くそのような感じではなくなってしまって、境界も定かではない。民家が所狭しと立ち並んでいる。
六本木の東大・生産技術研究所辺りの国の敷地に沿って細い里道があって通った事があるが、ちょうどそんな感じである。六本木のそれは1970年頃の話で、その後探したがよくわからなかった。
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国道176号線を横切って振り返ると、先ほど下界を眺めた「大文字」の場所が、マンションのギリギリに見える。
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さらに路地に入ると子供時代から変わらない、両側に同級生の家があった。
ダラダラと寄り道しながら歩いていると普段見落としているものが見えたり、思わぬ出会いがある。試験所のところでもう一人面白い出会いがあったが、話が長くなりそうなので省きます。
今日は短かかったが楽しい時間でした、(笑)。
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by susumuja | 2010-01-07 00:09 | ひとり言