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by susumuja

あけまして おめでとう ございます

北のほうはお天気が荒れているようですが、大阪北部では雲もありますが陽射しいっぱいの元旦です。
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さきほど郵便受けを見に行ったら80枚ほどの賀状をいただいており、全てに目を通しました。
昨年少し早目に退職し、まもなく本卦還り、いわゆる還暦を迎える節目に当たりますから、普通ならその時点で「退職しました」ハガキを書いたりするのでしょうが、そういったことは全て省いてきましたし、年賀状を年末の早い時点で書くことに抵抗もあり、ついに書かないまま年を越しました。これを機に一通ずつ返信しようと思います。

ところでいつも読むブログがあり、その一つである「くまかん」さんの中に「食べ物を粗末にする」という話が出ていました。また事業仕分けとかで「無駄」と断じていいものかといった話も。まったく同感です。

ところで「無駄」という熟語は、「駄目の 駄 が ない」ので、じゃあ「良いじゃないか」と思ったりもするのですが、これは「当て字」であって、「徒」をもって「ムダ」というようです。意味的には「無益」が一番分かりやすいと思います。
「駄」は荷物を運ぶ馬の意味があり、じゃ「駄目(ダメ)」はその馬の目かというとそうではなくて、囲碁で言うところの、どちらの陣地にも数えない「目」を駄目というのが語源とされています。

で、話が迷走を始めていますが、「無駄」が積み重なっていずれ役に立つこともあるという考え方には一理も二理もあると思うのです。
補助金漬けでほとんど成果を出せないような分野であっても、幾多の失敗を重ねていくと着実に人材が育っていたなんてことは普通のことです。ただただ自分の目の黒い間に成果が見れるのかということではないかと思うのです。
生物の多様性という話があります。それぞれ進化して今に至っていますから、どれ一つとして無駄なものはないし、全てはバランスの中で成り立っており一体とすれば理解しやすいです。
先日の京都新聞に宗教団体の「食事の言葉」を一部分を変更されたという記事を見かけました。そんな言葉があるのかと思いがちですが、先日、たまたま伺った大本さんの香松館という食堂にもそのような「言葉」が記されていました。偶然そのような場所に行って昼食を取らなかったら、新聞のその記事を見ても気にも留めなかったでしょう。
まあ複雑さからいうまでもなく足し算・引き算だけでは現実の社会を説明できないし、数値化できない部分をどう観るかといったことが鍵を握るように思います。

PS:京都府北部の天候ですが、府の道路情報提供システムで綾部や舞鶴
   などの気温、降雪、積雪情報とともに、菅坂峠や老富の路面監視カメラ
   で雪や路面の状況などをある程度見ることができます。

PS:この記事を書き出した昼前は陽射しタップリでしたが、15:00現在雲が
   厚くなってきました。寒波が近づいているのでしょうか。
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by susumuja | 2010-01-01 15:27 | ひとり言